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「北」「中」を図案化したもので、円は村の平和と協調、そして団結を現し、左右の北と中の文字は、村民の英知を結集して、未来に向かって飛躍、発展する姿を象徴したもの。
(昭和55年5月20日制定)
[位置]
[地勢] 本村は、かって、中城村の一部として永い歴史を歩んできたが第2次世界大戦の結果、占領軍の施設によって村が南北に分断され、行政の執行に大きな支障をきた したことから、昭和21年5月20日。北側に属した12行政区をもって新たな自治体「北中城村」として誕生したのである。「中城村」の地名は「おもろ」に もうたわれ、古くから由緒ふかく、とくに1440年代、ときの按司護佐丸によって築かれた中城城と自然の良湾としてしられた中城湾によって象徴され、ま た、第2尚氏王統時代「中城」は王世子の称号に用いられ、かつ世子領とした豊穣の地として広く世に知られたのである。統治の形態は時代とともに変化し、王 朝の按司時代から按司掟(アジウッチ)制、地頭代制、町村制を経て現在の地方自治制度へと変遷してきた。その間一貫して中城城内に役場(古くは番所)は置 かれ、昭和20年の沖縄戦当時まで中城村の行政が行われた。往時殖産振興に名をなした沖縄随一の産糖村で教育村・移民村としてもその名声を称えられた。